感想 甘城ブリリアントパーク8巻 注)ネタバレ全開

90点

この作品もう切ろうかと、つまりもう買うのやめようかなと正直思ってたんですよ。5巻までは文句なしに面白かったんですけど、なんか作者の賀東先生の甘城ブリリアントパークに対する愛がもう薄れているように感じていたしストーリーも6巻からかなりグダッて来てたし・・・・けどまぁ少し迷ったんですけどこの8巻を最後に試してみてそれから決めようと思って買ってみましたけどこれが良い方に転びました。

やっぱ賀東先生すげーわ、まさかこの作品をここから盛り返すとは

8巻のあらすじを大雑把に書くと

可児江君の学校で文化祭始まる→なぜか可児江君が模擬店のマネージャーに→可児江君が微妙にパークの仕事に覇気がない?→甘城ブリリアントパークを佐波湖市に大移動する計画を考えていたことをいすずに暴露、共に検討予定地の旧さなみ遊園地の跡地を視察に→そこで可児江君がホームレスの爺さんに遭遇、しょうもない手品を見せられる→いすずと可児江君が帰りの終電逃す→ラブホテルにやむなく宿泊→一線を超えかける。がもちろん超えない→可児江君が旧さなみ遊園地跡地が気になりいすずを置いて一人で戻る→旧さなみ遊園地で喋るバクと遭遇→そのバクは時の妖精で可児江君の未来を見せる→さなみ遊園地に移動した場合の未来を見せられる、めっちゃ悲惨。しかも移動してもしなくてもどっちにしても未来は悲惨→未来を変えられる可能性は少なからずあると可児江君に希望を残せた後にバク消滅→可児江君は運命と戦うことを決意、300万人を甘城ブリリアントパークに動員する!→文化祭で可児江君のクラスの模擬店にラティファが来て小休止→始末書ネタで締めて・・・・9巻に続く

 

いやぁ本当に面白かった。

冒頭にも書きましたけどもうこの作品ダメかなって思ってたんですよ。だから最初の期待感のハードルが低かったのも相まって読後しばらくなんかすごいお得な買い物した気になってましたw

ギャグパート、シリアスパート、恋愛パート全部面白かった。

 

特にシリアスパートはちょっとすごかったw

未来の可児江君が落ちぶれていく描写の絶望感とか流石の賀東先生って感じでしたね・・・ここまで惨めさを惨めに書けるのはやっぱりベテランの賀東先生ならではです。

 

恋愛の方でいうとこの一巻だけで可児江君といすずの仲が急激に縮まりましたね。なんせ一線超えかけましたからね。そのあとの「何もなかったことにする」描写もリアルでよかったです。個人的にはこういうのめっちゃ好きですw

 

ギャグはいつも通りの安定さでしたね。マカロンの始末書全く反省してなくてわろた。

 

ライトノベルって一回つまらなくなっちゃうとそこから復活する作品ってかなり少ないんで完全に良い意味で期待を裏切られました。いやぁ見切らないで良かった。

もしかしたら展開的にこれからは最終章というか終わりはもう視野に入れてはいるのかもれませんね。でもとりあえず9巻は絶対に買います!

学校教育は奴隷を作るための洗脳か?「全ての教育は洗脳である」

傑作だった。堀江さんの著書はそんなに多く読んではいないけれど多分この本は今まで読んできた堀江さんの本の中で一番意味があり役に立つ。

著書を読んでいて明治の文豪、森鴎外の「仮面」という小説に出てくるこんな言葉を思い出した 

「善とは、家畜の群れのような人間と去就を同じうするみちに過ぎない。それをやぶるろうとするのは悪だ。」

現代日本の教育を受けてきた人間ならば絶対にこう思ったことが一度はあるはずだ。

 「今勉強していることには何の意味があんの?」

 この著書は日本で行われてきた、そして今も行われている教育のほとんどは無駄だ。いや無駄であるならばまだマシと言えて、ただただ有害なだけの「洗脳」であると痛快なまでに断言ししている。その語調はやや強すぎるのではないか?とこちらが心配してしまうくらいだ。

 けれども読み終えた後には、今まで日本の「教育」という蓑を装った「洗脳」がどれだけ日本人に損害を与えてきたのか、私達が損害を被ってきたのかという「単なる事実」に気付いた時には堀江さんの語調は過剰でもなんでもなく、むしろそれでもなお足りないと思っている位だ

 個人的に常々思っていたし日本の教育を受けて来た人間なら一度は必ず考えたと思われるが、はっきり言って全ての中高生が古文を強制的に学ばされるというのは貴重な若者の時間をドブに捨てる所業であるとしか言いようがない。現在日本で未だに古文の授業が行われているのは「今までやって来たから」という慣例による思考停止と現在教職についている人間の雇用を守ること以外の理由は絶対にないと思っている。

「教養」だ何だという人がいるかもしれませんがもし本当に子供たちに教養を教えてあげたいと思っているならば古文なんかよりも余程教えてあげるべき教養があるはずだ。僕が受けて来た古文の授業を今振り返ってみていくら弁護してみようと努めても本当にただただひたすら「少なくとも僕にとっては絶対的に無駄だった」の一言以外ちょっと思いつかない。古文をやりたい子供がいるならば自主的にやらせてあげる環境を用意してあげれば良い。面白くないと思っている人間まで一緒くたにして強制的に椅子に縛り付けて、ググれば一瞬で出てくるような内容を糞暗記に努めさせるのはもはや狂気の沙汰ではないか?言うまでもなく源氏物語が好きで独力で読めるようになりたいと言う人はそれはそれで良いと思う。大いに勉強して誰かに気兼ねをする事なく突き進んでいけば良いと思う。私が言いたいのは古文が得意でもなく興味を持てない若者に強制的に教えることに一体なんの意義があるのか?ということだ。

 

この洗脳がなぜ始まったのか?

 

その答えは一概にこれだと言い切れるようなものではないのかもしれないが著書ではその答えの一つに日本で現在行われている洗脳教育は「かつては有効だった」という事を挙げている。

日本人は「みんな一緒」という手法で敗戦のどん底から世界でも有数の経済大国に躍進したいという強烈な成功体験がある・・・・という話を少し前に番組で聞いたことがある(偶然だが確かその番組でも堀江さんが出ていた気がする)。しかしその手法は現在ではもはや有害になっており、かつ未来においてはもう有害どころの騒ぎではなくなっているのは目に見えている。その「みんな一緒」教育という「洗脳」を受けた若者が工業製品のような人間に育ち、そしてそんな人間が出来るような仕事は未来では容易く人工知能が早晩必ずとって変わる。しかもその未来はそんなに遠い未来なんかではない。現在の人工知能の目覚ましい発達を考えれば汎用人工知能の到来すら待たずしてそんな「みんなと同じことしかできない」人材は労働市場から駆逐されるのは自明だ。

 

日本人は1日でも早くこの本に書かれている事実に気づいて1日でも早く行動して脱却しなければいけない。

 

けれどもそれは・・・・残念ながらどうせまぁ無理だろうと正直思う。インベスターZでの地動説の話にもあった通り今実権を握っている旧態依然とした人間たちがいなくならない限りは絶対に無理だ。歳月時を待たずと言うように人工知能の発達、そして国際情勢は日本人をわざわざ待ってはくれない。 

だからこの本を読んで気づいた人は日本をどうにかしよう!とか無駄なことは考えずにまず自分をどうにかしたほうがいいと思う。そして自分がどうにかできたそのあとに余力があるようならば日本をどうにかしてほしいと思う。

けれどもやっぱり残念ながらこの国の教育から古文教育も無意味な道徳の授業も意味不明な規則やルールも20年は無くならないと思う。

感想 この素晴らしい世界に祝福を! 9巻 紅の宿命 注)ネタバレ全開

60点

9巻のあらすじを大雑把に書くと・・・

前半はいつも通りのドタバタ→邪神ウォルバク王都でやりたい放題→邪神ウォルバクとめぐみんと因縁あり?(詳細はこの素晴らしい世界に爆焔を)→ウォルバクの件でめぐみんが王都に行きたいとお願いしてカズマさん毎度のごとく了解→王都でカズマたちVS魔王軍→めぐみん爆裂魔法でヒットandテレポートアウェイ→ちょむすけがウォルバクの半身だったと発覚→めぐみんウォルバクを殺害→めぐみんとカズマの仲が進展?→アイリスからの手紙、許嫁の国への護衛の依頼カズマキレる・・・で9巻終了次巻の10巻へ

 

この巻は暁なつめさん不調?正直言っちゃうとあんま面白くなかった・・・けど先に言っちゃいますけど次巻の10巻は面白かったから多分この巻に限る不調だと思います。

 

ダクネスの権威借りて威張り腐るシーンは普通に面白かったです。あとテレポートと爆裂魔法で蹴散らすシーンの敵のやられっぷりシーンもいつも通り笑えた。

上記みたいに細かい部分を取り上げるといつも通り面白いんだけどなんていうか大筋のメインストーリーというか話の展開が無理やりすぎるというかなんというか、読んでて流石に違和感が無視し切れないレベルなのが素直に残念。ていうかちょむすけがウォルバクの半身のくだりとか流石に気づかないのは鈍感で済ませるには無理があるでしょwそういう展開をあえてやりたいなら「なぜ気づかなかったのか」に見合うだけの説得力を作っておかないと駄目でしょ。もしくはいっそ何の伏線もない方が素直に驚けて面白いと思った。「ちょむすけはただの猫じゃなくてウォルバクの半身ではないのか?」アピールというか伏線がしつこすぎるしそこは純粋に面白くない。けど先にも書いた通り前半のドタバタとかめぐみんの爆裂無双とか敵の断末魔とかはいつも通り面白いしまぁ許容範囲ではある・・・と思う

恋愛関係では結構進展がありましたね。やっぱりめぐみんの素直なところというかチョロイン具合はちょうど良いですね。「俺はライトノベルが好きだ」ってシーンはWEB小説版を思い出しましたね。WEB時代のめぐみんの素直さというかチョロさも好きですけどこっちもこっちで悪くないですね、どちらも甲乙つけがたい。どっちかというとこっちの商業版の方が話を長引かせることを念頭に入れてるため良いシーンで邪魔が入ったりカズマの自制心が強めですけどそこはそんなに気にならないですね。まぁそれもあんまり多用されると飽きが来ちゃうんで作者の方で加減はしてほしいですね。

 

とまぁ結構辛口気味でしたけど10巻のギャンブル・スクランブルは面白いんでこのすばというコンテンツはまだ当分大丈夫だと思います

毒親育ちにとってのバイブル 「母がしんどい」

田房永子さんのこの「母がしんどい」がどうやら今の毒親ブームの先駆けらしいですね。

この本を読んでいると看板に偽りなしで題名通りに本当にしんどい母親が出てきます。けれどこれは読んでると読者側の僕もしんどい。ただただひたすらしんどい。初見は特にしんどい。何回読んでもしんどい。

特に「毒親育ちでかつ自分が毒親育ちだとまだ自覚し切れてない人」は自分の触れられたくない、向き合いたくない部分を抉り出されるような感覚を味わうと思います。けれど誰よりもまず著者の田房永子さんが一番しんどい思いをしてこの本を世に出してくれたのだから救われた僕としては著者に惜しみない感謝を送りたいです。

 

多分この本に救われた人は日本にかなりいるんじゃないかなと思ってます。

儒教文化が未だかなりの影響を持っている日本社会では親を貶めるような内容のこの本に対して賛否両論あると思います。書評サイトやアマゾンレビューでも「産んでくれた親に対して」とか「いい歳して親のせいにして」とか「そもそも著者に問題がある」とかそういう感想が散見されます。けれど少なくとも絶対に僕はこの本に救われた側の一人です。

 

僕の両親は今でもそうですがとにかく常に何かにイライラして怒っている人たちでした。それでそのイライラが臨界点に達すると体罰という名目で僕に暴力をして発散する人たちでした。そんな人たちでしたので機嫌の悪くない日の方が明らかに少なかったので僕は物心がついた時には「何でこの人たちはしょうもないことでいつも怒っている、いや怒れるのだろうか?」と思っていました。ですので常に心のどこかが落ち着かないような不安定な子供でしたしそれは今も少なからず続いています。親が見ていると他の友達たちが思い切りはしゃいでいても僕だけがはしゃぎきれない、ある意味では「良い子」な子供時代を過ごした気がします。

けれどよその家庭のことなんて知りようもないしどこの家庭の親でも「まぁこんなものなのかな」と漠然と思っていた気がします。

そんな感じで子供時代を過ごしましたが違和感が強くなったのは中学時代でした。周りの友人と親についての話題になっても「何かがよその親と自分の親は決定的に違う」と強く感じるようになりました。けれど中学生の時はそんなモヤモヤを抱えながらもいつも機嫌の悪い両親とそれなりに何とか付き合ってきました。

 

けれど高校生になった時にはどうしようもなく両親が嫌いになっていました。「◯ね」という言葉も高校時代だけでも1000回は言ったと思います。けれどそのたびに「よくある反抗期真っ最中の子供」扱いされて忸怩たる屈辱感を感じてそれをどこにぶつければ良いのかわからない、どんな風に言語化すればいいのかわからない、そんなやり切れなさを常に感じていたのを今でも覚えています。あの時のことを思い出すと今でも胸がぎゅっと苦しくなります。

 

 僕がこの本を手に取ったのはそんな5年前の高校生の時です。書店で見かけて数ページパラ読みして今の自分に間違いなく必要な本だと確信したためすぐレジに持って行って購入しました。

最初読んだ時は本当にしんどかった。当時は不眠症や学校での人間関係の悩みなども重なっていて情緒不安定だったため本当にしんどかったのを覚えています。途中にメンタルの休憩を挟みながらも噛みしめるように読み終えました。

読み終えてこの本は僕にある事実を確信させました

「今の自分の親に対するイライラは世間一般的な反抗期のそれじゃなくて僕という一人の人間が親という一人の人間に抱く確固たる嫌悪だ」ということ

そしてもう一つの事実に気づきました

「自分は両親を心の底から軽蔑している。そして、物心のついた時から軽蔑してきた」ということ

こう書くとまるで冷静に受け止めているように聞こえるかもしれませんが先にも書きましたが当時の僕は「毒親育ちでかつ自分が毒親育ちだとまだ自覚し切れてない人」の一人だったため衝撃で頭の中がグルグルしていてましたし読んだ後はかなりグロッキーでした。高校生だったため当然実家に住んでいたこともあり置き場所に困ったのもありますし何より僕自身このしんどい本が自分の部屋にあるのが感覚的に嫌だったため買った次の日には捨ててしまいました。

けれど捨てこそしましたがこの本は僕に毒親という存在を教えてくれて、親を軽蔑してもいいこと、そして毒親の呪縛からの脱却を考えさせることのきっかけをくれました。それからネットで他の毒親本を調べ、スーザン・フォワードの本などを読むようにして自分の親が毒親であることの確信を深めて、それと同時に「アドラー心理学」などを読み精神の安定を確立することも必死に模索しました。

 

そして先月kindle巡りをしていたら偶然「母がしんどい」を見かけたのでちょっと迷った末に思い切って再購入しました。

5年経ってから読んで見ると驚きました。高校生の時に四苦八苦しながら読み切ったこの本を一つの本としてすんなり通して読めたからです。それでも多少のしんどさは感じたんですけど当時と比べたら感じなかったと言っても過言でないくらい楽に読めました。恐らく5年経って精神年齢が上がったというのも一つの要因になっていると思いますが何よりも親の「毒」の部分を言語化して自分の中で自分なりに「咀嚼」して5年がかりでしっかり「消化」できたのだと思いました。

多分高校生の時に「母がしんどい」に出会えなかったら僕は僕の親の毒の部分を明確に自覚することはできなかったと思います。恐らく今も親を憎む気持ちとそんな自分を責める気持ちの板挟みで苦しんでいたと思います。

 

話は大きく変わりますけどこの本を毒親持ちではない人間、つまりノーマル親育ちの人間が読んだ時のリアルな反応は多分「こんな親が世の中にいるんだw」という反応ですらなくて実際の反応は「え、これの何がそんなにしんどいの?」っていう反応になる気がするんですよね。この本に書いてるしんどさって「我慢できないほどのしんどさ」なんだけど一回一回だけを取り上げてみれば「我慢できてしまう」しんどさ何ですよ。

毒親の本質って量の問題だと個人的には考えているんです。いやもちろん質も大いに絡んではいますよ?けれど完璧な人間がいないということは完璧な親もいないと言うことです。いくら僕にとっても理想的な親がいたとしてもそんな理想的な親ですら必ず一回か二回は子育てにおいて悪手をうってしまうことは絶対にあると思います。

人格者でいつも優しいお母さんでも一回くらいはわめき散らしてしまい八つ当たりで子供に無意味に手をあげてしまうことはあるかもしれない。いつも仲のいい両親でも数年に一度くらいは大きい声で夫婦喧嘩をするかもしれない。

けれど僕だってその一回二回のミスをあげつらい鬼の首でもとったかのように自分の親を毒親呼ばわりしているわけではないんですよ。

 どれだけ恵まれた親に育てられたとしても自分の親の嫌いな部分というのは必ず持っていると思うんですよね

けれど毒親育ちの人間って絶対に何個も何個もそれこそ数えきれないくらいの自分の親の「毒親たるゆえんエピソード」を持っていると思うんですよ。

だから毒親とノーマル親を分ける線分けって毒親エピソードの「質」じゃなくてやっぱり「」だと思うんです。自分の親がいかに毒親なのかをノーマル親育ちに説明しようとしてもあまりピンとこない、共感してもらえない。なぜならノーマル親育ちの人間だって自分の親にされて嫌だった事の一つや二つは必ず持っているから。だから終いには「完璧な親なんていないよ」とか「親のせいにしてもしょうがないでしょ」みたいなどっかで聞いたような一般論でざっくりまとめられて終了・・・みたいなオチになってしまうんだと思います。

だからあなたが本当に毒親で苦しんでいるなら周りの人間に相談するんじゃなくて作中にあるようにちゃんとした精神科やクリニックに通った方がいいと思います。

 

僕は「母がしんどい」は全ての日本人に読んで欲しいと思っています。特に毒親に苦しんでいる人、そして将来親になりたいって思っている人に。個人的には義務教育で教科書として採用してもいいと本気で思っています。道徳の授業で毒にも薬にもならないような無意味な本を読むよりよっぽど意義があると思います。「母がしんどい」を読んで見て自分にためになると思った方は田房さんの「それでも親子でいなきゃいけないの?」や「うちの母ってへんですか?」を読まれることをお勧めします。

弱キャラ友崎くん4巻 感想 注)ネタバレ全開

hontoでクーポン使って500円引きで購入。

75点くらい。

 

前巻の三巻は人生の師匠だった日南と人生観での対立、人生攻略の意義を見失い一度は放棄してしまった友崎くん、けど友崎くんなりの「やりたいことをやる」という指針を見出して日南とも和解して再度人生というゲームに挑もう!という感じで終わりました。

そんな前巻の三巻の続きに当たる今巻の4巻のあらすじを大雑把に書くと・・・

球技大会始まる、日南からの課題「紺野エリカを球技大会にやる気にさせろ」、中村が母親(よし子)と喧嘩して不登校、球技大会課題成功andクラス優勝、中村と泉が恋人になる→中村を好きだった紺野めっちゃイライラ、八つ当たりで平林さんがいじめの標的に、平林さんをかばったとばっちりでたまちゃんが新たな標的に、たまちゃんがいじめと立ち向かうために「戦い方を私にも教えて」と友崎くんに依頼して5巻に続く・・・・

 

5巻はどんな風に続くんでしょうかね?まぁ今更断る理由もないでしょうし友崎くんがたまちゃんの師匠にでもなる感じの話が5巻はメインでしょうね。

 

細かい話ですけど中村が友崎くんのために一人分の隙間を開けて友崎くんを話し仲間に自然に受け入れた場面は仮に中村が無意識でやったことだとしてもちょっと不覚にも感動させられましたね(笑)。この作者は主人公の地味な成長を描写するのがとても上手だなと再確認させてもらった場面でした。

 

少しけちを付けるとなんというか友崎くんのキャラクターが作者の中でしっかり固まってるのか怪しい感じがしましたね。友崎くんが正義感が強いキャラだよというなら別にそれはそれでいいと思うんですけどその割に行動が遅かったり静観してたりでなんか矛盾している描写が心なしか多い気がしました。

 

あと三巻の友崎くんと日南の人生観の対立を引っ張るために「合理」とか「非合理」とかそういう言葉を4巻になってから頻繁に見るようになったんだけど正直に言うとあまりその辺の話は興味ないと言うかもっとはっきり言うと個人的には全く読んでて面白くない。そこら辺の友崎くんの心理描写とか日南との合理論はしつこいしやや冗長。いや論理破綻してるとか矛盾していると言うわけでもないんですよ。話としては一応成立しているし合理的とかそういう話を面白いと思う人はそこそこいるとは思うんですよ。ただそこら辺の話はあまり長々されてもダレると言うかなんと言うか・・・読者というより少なくとも僕が「弱キャラ友崎くん」で見たいのは友崎くんが不器用なりに弱キャラなりに四苦八苦しながらも人生攻略を頑張って結果が出たり出なかったりの部分なのであまり作者の「いかに生きるべきか」論にはあまり興味が持てないんでもしこの先ここら辺がメインになるようならちょっと購読の継続は難しくなってしまうんで個人的には1巻2巻の雰囲気に戻してほしいです。アマゾンレビュー見てみても僕と同じような感想を持ってる人多いみたいですし。この作品の根幹だった「弱キャラの人生攻略」という最初にして最大のテーマを作者が見失いつつあるというか、そうでないとしたらテコ入れというか作品の方向性そのものを

変えようと考えているのかもしれないですね。

でもまぁ全体的にはまだ十分面白かったです。面白かったからこそちょっと建て直しを図ってほしいですね。5巻はとりあえず買います。

 

電子レンジオムレツは多分生涯使うことになるライフハック

1・少し深めの電子レンジ可の皿に卵を二、三こ入れてかき回してとく。俺はダイソーのラーメン皿使ってる

2・電子レンジに1分から2分くらい入れる、500Wくらい?。サランラップはいらないと思う。俺は使わない。めんどいし。でもたまにボフッて音がして何事?と思ってレンジ開けると固形化した卵が皿から跳ねて出てることがある。まぁ大した問題はない。食える

3・出来上がり

お好みでケチャップなりなんなりかけて食べる。適当にとろみつけて天津飯みたいにするのも面白いかもしれない。

これめっちゃ楽。ほんと楽。それでまぁ貴方が海原雄山でもなきゃ十分食えるレベル。少し小腹空いたって思った時にチャチャッと作れちゃうから知っておくと役にたつと思います。特に糖質制限やっている人には試してほしい。ゆうきゆう先生も「卵と野菜食っとけばおk」みたいなことブログで言ってたし卵メインの生活してる人には一度是非やってみてほしい。オムレツ作るとなると油引かなきゃならんしフライパン洗わないとだしガス代高いしでまぁめんどい。まぁぶっちゃけてしまうとフライパンで火通して手間かけたオムレツの方が味はうまいと個人的におもう。電子レンジオムライスは正直ボソボソする点は否めないし。けど時短とか節約とか手間とかを総合的に考えると圧倒的にレンジオムレツに軍配が上がる。まぁこの記事読んで興味でたって人は作ってみてください。クックパッドとか見てオムレツに合うソースを作って見るのもいいかもしれません。

 

アメトーークで僕が過呼吸になるレベルで笑った回

一番笑った回は転校生芸人のサンドウィッチマンの伊達(仕事で人◯してそうな方)の話です。

下手に説明する位ならいっそ可能な限り書き起こしてみたいと思います。書き起こすだけじゃわかりにくいところは適当に自分なりに言葉を付け加えます。

 

サンドウィッチマンの伊達(仕事で人◯してそうな方)が最初の休み時間でボスがわかると話し出す

伊達「最初の休み時間でそのクラスのボスがわかるんです!まずボスを確認しないといけないわけです、これからの学校生活に対して。ボスはドッチボールが一番うまいやつ」

一同が「おおー」と納得のリアクション

伊達「強い奴ってのが尾上君だったんですけど・・・・投げる時に尾上君は目が光るんです」

一同が「え・・・?」っという声を漏らし「こいつ何言ってんだ」という反応。

伊達「目がピカーって光って必ず誰かをアウトにするっていう人がいたんです」

相方の富澤(趣味で人◯してそうな方)が半笑いで「何言ってんの?」と意味不明なことを言う伊達を小馬鹿にする。それに対して

伊達「何言ってんのじゃねーよ!居たんだよ!」と伊達が反撃

 伊達「目が光った時は必ず尾上君は誰かをアウトにする」

劇団ひとり「じゃあ光んない時もある?」

伊達「光んない時はあんま見たことないですけど・・・・」

伊達「だけどあのぉ・・・・」

ここで少し間を置く伊達、そして

伊達「光んないんです、本当は」  ここで初見の時俺腹よじれて過呼吸になりかけるくらい爆笑

一同「本当は?(こいつは何を言っているんだという空気)」

伊達「僕も完全にこいつは・・・尾上君はボスだ!と・・・え何すか?」

一同の伊達を馬鹿にするような半笑いの空気に半ギレで返す伊達

再説明を試みようとする伊達を止めようとする富澤に対して

伊達「うるせぇお前が止めんな」と制止を振り切りそのやりとりに一同爆笑。俺も爆笑。

ホトちゃんが「いやいや伊達がおかしい止めて止めて!」と富澤を擁護

とにかく話したがる伊達と妨害する富澤が悶着を起こす。

富澤「え、伊達さん大丈夫?」

伊達「うるせえ、俺はお前のために頑張ってるんだ!」←ここも好き

伊達「・・・尾上君は投げる時に目がピカーと光るんです!」

富澤が「大丈夫??」と言いながらまた伊達の説明を妨害。それを「うるせぇ」と撥ね除ける伊達

宮迫「そこ(目が光る)がおかしい!」

ワッキー「光らないって言ったじゃんもう」

伊達「クラスのみんなが光るっていうんですもん!」

劇団ひとり「さっき光らないって言ってたじゃん!」

伊達「いや、だって光るわけないじゃないですか、目なんて!」←ここも爆笑

一同「・・・いやそうだよ?(再度何言ってんだこいつという空気)」

ホトちゃん「富澤さん伊達おかしいですよね?」

富澤「こいつ何言ってんだよぉ!!」一同爆笑←ここも好き

伊達が「お前に言われる筋合いはねぇ」と締めて次の話題へ・・・・

 

この話がめっちゃ俺好きなんですよね。終始「え、伊達何言ってんの?」という感じがたまらないんですよ。本当に初見で見た時は笑いすぎて死ぬかと思いましたからね。俺のこの笑いのツボに共感してくれる人いませんかね?

とまぁ今回はサンドウィッチマンの仕事で人◯してそうな方の人に笑い死にさせられかけたという話でした。面白いと思ったら買うなりレンタルなりしてみてください。